歴史・2月24日
アメリカ合衆国最高裁判所が「マベリー対マディソン」判決を下し、違憲審査制を確立
1803年2月24日、アメリカ合衆国最高裁判所が「マベリー対マディソン」裁判において判決を下しました。この判決により、連邦最高裁判所が法律や大統領の命令の違憲性を審査する「違憲審査制」が確立されました。
裁判の背景
1801年の政権交代の直前、連邦党のジョン・アダムズ前大統領が多数の司法官を任命しましたが、その任命書の一部が期限内に交付されないままトーマス・ジェファーソン新政権が発足しました。任命を受けていたウィリアム・マベリーらは、新政権の国務長官だったジェームズ・マディソンに対し、任命書の交付を命じるよう最高裁判所に求めて提訴しました。
判決と違憲審査制の確立
当時のジョン・マーシャル首席裁判官が率いた最高裁判所は、マベリーらが任命書を受け取る法的な権利はあると認めました。しかし同時に、この事件で原告が直接最高裁判所に令状を求めて出訴することを認めた1789年司法法の一部規定は、憲法が定める最高裁の管轄権を超えており、憲法に違反していると判断しました。これにより、司法府が法律の合憲性を審査し、憲法に違反する法律を無効とする権限(違憲審査制)を持つことが明確に示されました。
その後の影響
この「マベリー対マディソン」判決は、アメリカの司法権の地位を決定づけるものとなりました。最高裁判所が憲法の最終的な解釈者としての役割を担う基礎となり、その後のアメリカの法制度および三権分立の均衡において極めて重要な先例となりました。
ポイント
- 判決が下されたのは1803年2月24日である。
- ジョン・マーシャル首席裁判官によって違憲審査制が確立された。
- アメリカの司法権のあり方を決定づけた歴史的な判決である。