社会・2月19日
浅間山荘事件で人質救出と突入作戦が実行される
1972年2月19日、長野県軽井沢町の浅間山荘において、連合赤軍メンバーによる人質立てこもり事件の本格的な人質救出と警察による突入作戦が実行されました。昭和の日本社会に大きな衝撃を与えた歴史的な事件であり、テレビ中継を通じて多くの国民がその行方を見守りました。
浅間山荘事件の突入作戦
1972年2月19日、軽井沢町の山岳別荘「浅間山荘」に立てこもった連合赤軍のメンバーに対し、警察による強行突入作戦が開始されました。人質の救出を最優先しつつ、銃器で武装した犯行グループ制圧のため、放水車や催涙ガスなどが使用されました。作戦中には銃撃戦が発生し、警察官2名が殉職したものの、人質は全員無事に救出され、犯人グループ全員が逮捕されました。
事件の背景と社会的影響
この事件は、連合赤軍内部での凄惨な「山岳ベース事件」(仲間へのリンチ殺人事件)の発覚を逃れたメンバーが逃走し、山荘に立てこもったことから始まりました。連日テレビで生中継されたこの突入の様子は記録的な視聴率を記録し、過激派の動向やテロリズムに対する社会の認識に大きな影響を与えました。
ポイント
- 発生日は1972年2月19日である。
- 舞台となったのは長野県軽井沢町の浅間山荘である。
- 連合赤軍のメンバーが人質をとって立てこもった。
- 警察の突入作戦により人質が救出され、犯人グループが逮捕された。