歴史・2月19日
中国の最高指導者・鄧小平が死去
1997年2月19日、中国の最高指導者であり、改革開放政策を主導して現代中国の経済発展の基礎を築いた鄧小平が死去しました。享年92でした。彼の死は国内外に大きな衝撃を与え、中国の政治・経済の行方に大きな注目が集まりました。
鄧小平の死去と発表
1997年2月19日、鄧小平は北京で死去しました。中国国営メディアは同年の2月20日に訃報を伝え、死因は呼吸不全とパーキンソン病による合併症であると発表されました。最高指導者の死去を受け、北京市内をはじめとする中国各地や国際社会で大きな哀悼の意が示されました。
改革開放と歴史的功績
鄧小平は、毛沢東の死後の中国において権力を掌握し、1978年の中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(三中全会)を通じて「改革開放」路線を打ち出しました。「対外開放・対内改革」を掲げ、計画経済から「社会主義市場経済」への転換を進めました。「黒い猫でも白い猫でも、ネズミを捕るのは良い猫だ」という「白猫黒猫論」に代表される実用主義的な経済政策は、その後の中国の急速な経済成長の原動力となりました。
その後の影響と「鄧小平理論」
鄧小平の死去時、すでに江沢民を中心とする第3世代の指導体制へ権力移行が進んでおり、彼の死によって中国の基本路線が大きく揺らぐことはありませんでした。彼の政治思想は「鄧小平理論」として中国共産党の規約に組み込まれ、その後の中国の国家運営における重要な指針となり続けました。
ポイント
- 鄧小平は1997年2月19日に死去した。
- 享年は92歳であった。
- 中国の改革開放政策を主導し、社会主義市場経済の基礎を築いた。
- 死去の発表は1997年2月20日に行われた。