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歴史・2月17日

豊臣秀吉が朝鮮出兵に際し名護屋城へ到着(文禄元年1月25日)

文禄元年1月25日(グレゴリオ暦1592年2月17日)、関白・豊臣秀吉が朝鮮出兵の拠点とするため、肥前国(現在の佐賀県唐津市)の名護屋城へ到着しました。日本全国から大名を集結させた一大军事拠点の機能が本格的に動き出した日です。

名護屋城への到着と出兵体制

豊臣秀吉は天下統一を成し遂げた後、明の征服を視野に入れて朝鮮半島への出兵(文禄・慶長の役)を計画しました。その前線基地として築かれたのが名護屋城です。文禄元年1月25日に秀吉が京都を出発して現地に入ったことで、全国の諸大名も肥前名護屋へ続々と集結し、日本軍の本格的な渡海体制が整えられました。

その後の影響

名護屋城は周囲に大規模な城下町が形成され、一時的に日本の政治・軍事の中心地となりました。ここから朝鮮半島への出兵命令が下され、多くの武将が海を渡りました。しかし、長期化する遠征は国内の財政や諸大名の負担を増大させ、秀吉の死後に朝鮮からの撤退を余儀なくされることになります。

ポイント

  • 日付は文禄元年1月25日(ユリウス暦換算などで1592年2月17日)に相当します。
  • 豊臣秀吉は朝鮮出兵の総大将として名護屋城に入りました。