歴史・2月9日
鳥羽・伏見の戦いにおいて新政府軍が「錦の御旗」を掲げた日
慶応4年1月16日(新暦1868年2月9日)、鳥羽・伏見の戦いの最中、薩摩藩・長州藩を中心とする新政府軍陣営に「錦の御旗(にしきのみはた)」が掲げられました。これにより旧幕府軍は朝敵となり、戦局は新政府軍の優位へと決定的に傾きました。
鳥羽・伏見の戦いと錦の御旗の登場
慶応4年1月(1868年1月)、王政復古の大号令によって成立した新政府と、旧幕府軍の間で「鳥羽・伏見の戦い」が勃発しました。戦局が混戦となる中、岩倉具視らの工作により朝廷から「錦の御旗」が下賜され、新政府軍の本陣に掲げられました。
歴史的影響と意味
当時の日本においては朝廷の権威が絶対的であり、錦の御旗は「朝敵(天皇の敵)」を意味するものでした。これを掲げられたことで、旧幕府軍の兵士たちは戦意を喪失し、幕府側は事実上の官軍(朝廷軍)と賊軍の立場に分かれることになりました。この出来事は戊辰戦争全体の流れを決定づける極めて重要な転換点となりました。
ポイント
- 慶応4年1月16日は、西暦1868年2月9日にあたる。
- 錦の御旗の登場により、旧幕府軍は朝敵となった。
- この戦いをきっかけに戊辰戦争が本格化した。