歴史・2月9日
千島列島を発見したフリゲート艦「ディアナ号」が下田に到着した日
安政元年12月21日(新暦1855年2月9日)、ロシアのプチャーチン率いる軍艦ディアナ号が、下田港に到着しました。前年の暴風雨で大破した同船は、修理のために下田を訪れました。
ディアナ号の下田到着
安政元年(1854年)、日露交渉のために来日していたロシアの使節プチャーチンが乗るフリゲート艦「ディアナ号」は、同年11月(新暦12月)に発生した安政東海地震による津波で大きな被害を受けました。修理地である戸田へ移動する途中の1855年2月9日(安政元年12月21日)、ディアナ号は下田に到着しました。
その後の影響と歴史的意義
下田に到着したディアナ号でしたが、修理中の風波によってさらに損傷を受け、最終的に沈没してしまいました。その後、日本側の協力も得て、ロシア人と日本人共同による洋式造船(日本初の西洋式軍艦「戸田号」の建造)が行われることになりました。この出来事は、日露間の外交交渉および技術交流における重要な歴史的転換点となりました。
ポイント
- 日付は旧暦の安政元年12月21日にあたり、新暦では1855年2月9日となる。
- ロシアの使節プチャーチンが乗船していた。
- 安政東海地震に伴う津波と暴風雨によって船体が大破していた。