歴史・1月20日
ヴァンゼー会議が開催される
1942年1月20日、ナチス・ドイツの親衛隊(SS)高官らによって「ヴァンゼー会議」が開催されました。この会議は、ヨーロッパ全域のユダヤ人を対象とした絶滅政策、いわゆる「最終解決」の計画を国家機関間で共有し、実行するための重要な転換点となりました。
ヴァンゼー会議の概要
1942年1月20日、ベルリン郊外のヴァンゼー湖畔にある別荘で、ラインハルト・ハイドリヒ親衛隊大将の主導のもと、会議が開催されました。出席者は親衛隊や国家保安本部だけでなく、内務省、法務省、外務省など各行政機関の高官15人でした。
「最終解決」の具体化
会議の主な議題は、ヨーロッパにおける「ユダヤ人問題の最終解決」でした。すでに占領地などで進められていたユダヤ人の殺害を、ドイツが支配するヨーロッパ全体の規模で組織的・効率的に実行するため、関係省庁間の協力体制を確認し、計画を共有することが目的でした。
歴史的影響
この会議により、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)は国家の各機関が組織的に関与する一大事業として本格化することになりました。会議の議事録は戦後発見され、ナチス・ドイツによる人道に対する罪の動かぬ証拠となりました。
ポイント
- 開催日は1942年1月20日である。
- 会議の主導者はラインハルト・ハイドリヒである。
- ベルリン郊外のヴァンゼー湖畔で開催された。
- ヨーロッパ全域のユダヤ人絶滅計画(最終解決)が討議された。