歴史・1月17日
コンゴ動乱でパトリス・ルムバが暗殺された日
1961年1月17日、コンゴ共和国(現・コンゴ民主共和国)の初代首相であったパトリス・ルムバが暗殺されました。コンゴの独立直後に起きたこの事件は、冷戦期の国際政治とアフリカの脱植民地化の過程における重大な転換点となりました。
コンゴ動乱とルムバの失脚
1960年6月、コンゴはベルギーからの独立を果たし、パトリス・ルムバが初代首相に就任しました。しかし、直後に軍の反乱や鉱物資源が豊富なカタンガ州の分離独立運動が発生し、国内は混乱(コンゴ動乱)に陥りました。ルムバ政権は事態収拾のために国連へ支援を求めましたが、東西冷戦の対立が持ち込まれる中、モブツ・セセ・セコらによるクーデターが発生し、ルムバは失脚しました。
暗殺の経緯とその影響
軟禁状態から脱出しようとしたルムバは1960年末に拘束され、1961年1月17日にカタンガ州へ移送された後、同地で銃殺されました。この暗殺には、ベルギーやアメリカなどの西側諸国が関与していたことが後の調査で明らかにされています。ルムバの死は国内外に大きな衝撃を与え、アフリカ諸国のナショナリズムを刺激するとともに、冷戦構造の過酷さを象徴する事件となりました。
ポイント
- パトリス・ルムバはコンゴの独立指導者であり、初代首相を務めた。
- 暗殺日は1961年1月17日である。
- 事件現場となったのは当時のカタンガ州である。
- 冷戦期の国際的な思惑が絡んだ政治的暗殺として知られている。