歴史・1月16日
バグダッドの戦いでモンゴル軍がアッバース朝の首都を陥落させた日
1258年1月16日は、モンゴル帝国のフラグ率いる軍勢が、イスラム世界の中心都市であったアッバース朝の首都バグダッドを包囲・攻撃し、陥落させた歴史的な日です。この戦いにより、約5世紀にわたって続いたイスラムのカリフ制を掲げるアッバース朝が事実上の滅亡を迎えました。中東の政治・文化の中心地であったバグダッドは深刻な破壊を受け、イスラム世界の歴史における大きな転換点となりました。
バグダッドの戦いの経緯
13世紀中頃、モンゴル帝国の第5代皇帝モンケの命を受けた弟のフラグは、西アジア遠征軍を率いてイスラム世界の征服を進めました。フラグ率いるモンゴル軍は1258年1月中旬にアッバース朝の首都バグダッドを完全に包囲しました。当時のアッバース朝のカリフであったアル=ムスタアスィムは降伏勧告を拒否しましたが、モンゴル軍の猛攻の前に防衛線を維持できず、同月下旬には都市は陥落しました。
その後の影響と歴史的意義
バグダッドの陥落後、都市は略奪を受け、多くの建造物や学術的資産が破壊されました。カリフであるアル=ムスタアスィムも処刑され、バグダッドを拠点としたアッバース朝はここに崩壊しました。この事件はイスラム世界に政治的・文化的な大打撃を与え、中東における権力構造を一変させる出来事となりました。その後、生き延びた一族がマムルーク朝の保護下でカリフの地位を形式的に継承することになりますが、かつての強大な帝国としての実質的な権力は失われました。
ポイント
- 発生年は1258年である。
- モンゴル側の指導者はフラグである。
- アッバース朝の最後のカリフはアル=ムスタアスィムである。
- イスラム世界の中心都市バグダッドが壊滅的な被害を受けた。