歴史・1月16日
インカ帝国の皇帝アタワルパがスペインのピサロに捕らえられた日
1532年1月16日は、インカ帝国の皇帝アタワルパが、スペインのコンキスタドールであるフランシスコ・ピサロによって捕らえられた日です。この出来事はインカ帝国の滅亡を決定づける重大な転換点となりました。南米の巨大帝国がヨーロッパの小規模な遠征隊に屈する契機となった歴史的事件です。
事件の経緯
スペインの conquistador(征服者)であるフランシスコ・ピサロ率いる一団は、インカ帝国へ侵入しました。カハマルカにおいて、ピサロ軍はインカ帝国の皇帝アタワルパと会見を行いましたが、その場でスペイン軍は奇襲をかけ、多数のインカ側の従者を殺害した上で、アタワルパを捕虜としました。
背景と影響
当時、インカ帝国は内戦の直後であり、政治的な混乱の中にありました。ピサロは皇帝アタワルパの身代金として莫大な量の金銀を要求させましたが、要求が満たされた後もアタワルパを解放せず、最終的に処刑しました。皇帝の死によりインカ帝国の統制は急速に失われ、スペインによる南米大陸の植民地化と帝国崩壊が決定づけられました。
ポイント
- アタワルパはスペイン軍の奇襲により捕らえられた。
- 事件の舞台となったのはカハマルカである。
- この出来事はインカ帝国の滅亡を早める要因となった。