国際・1月9日
パナマ運河地帯で「殉教者の日」暴動
1月9日は、パナマ運河地帯においてパナマ人とアメリカ人の間で大規模な衝突が発生し、多数の死傷者を出した「殉教者の日(Día de los Mártires)」の記念日です。この悲劇的な事件は、パナマにおける反米感情を高め、のちの運河返還交渉への大きな契機となりました。
事件の経緯
1964年1月9日、パナマ運河地帯にあるバルボア高校において、アメリカ人の生徒たちがパナマ国旗の掲揚を拒否し、アメリカ国旗のみを掲げたことが発端となりました。これに反発したパナマ人の学生らが運河地帯に入り込み、パナマ国旗の掲揚を求めて抗議活動を行いました。その過程で小競り合いが発生し、パナマ国旗が破られるなどしたことから事態が急激に悪化しました。
衝突と犠牲者
抗議活動が激化する中で、運河地帯を警備するアメリカ軍や警察と、パナマ人市民の間で衝突が発生しました。銃撃戦となり、多数のパナマ人市民が死亡または負傷し、アメリカ側にも負傷者が出ました。この日はパナマにとって国家的な悲劇の日となり、のちに「殉教者の日」として記憶されることになりました。
歴史的影響
この事件はパナマ国内の反米ナショナリズムを決定的に燃え上がらせ、パナマ政府はアメリカとの国交を一時断絶しました。パナマ側は運河地帯の主権回復と条約の改定を強く要求し、その後の長期にわたる交渉を経て、1977年のトルホ・カーター条約締結へとつながる重要な歴史的転換点となりました。
ポイント
- 1964年1月9日に発生した事件である。
- 発端は運河地帯の学校における国旗掲揚を巡る対立であった。
- パナマではこの日を「殉教者の日」として追悼を行っている。
- 事件を契機にパナマとアメリカの間で外交関係が一時断絶した。