歴史・1月8日
勝海舟が咸臨丸でアメリカへ出発(1860年)
1860年1月8日(万延元年2月16日)、幕府の軍艦「咸臨丸」が勝海舟らを乗せて江戸品川を出発し、アメリカ合衆国へ向けて太平洋横断の航海に出ました。これは日本人が咸臨丸を使って初めて太平洋を横断した歴史的な航海であり、日米修好通商条約の批准書交換を目的とした使節団の派遣に伴うものでした。
咸臨丸渡米の背景
1858年に結ばれた日米修好通商条約の批准書を交換するため、江戸幕府はアメリカへ使節を派遣することを決定しました。使節団の正使らはアメリカの軍艦「ポウハタン号」で太平洋を渡ることになりましたが、幕府は日本人左官による太平洋横断の可能性を試すため、独自に軍艦咸臨丸を派遣することを計画しました。
航海と歴史的影響
咸臨丸には勝海舟をはじめ、中浜万次郎(ジョン万次郎)や福沢諭吉らが乗船しました。航海の途中では激しい嵐に見舞われ、船体に大きな損害を受けるなど困難を極めましたが、アメリカ人航海士の助言なども得ながらサンフランシスコに到着しました。日本人のみによる太平洋横断の成功は、当時の日本にとって大きな自信となり、近代海洋技術の吸収における重要な一歩となりました。
ポイント
- 1860年1月8日(万延元年2月16日)に咸臨丸が江戸品川を出発した。
- 日米修好通商条約の批准書交換に関連する航海であった。
- 勝海舟や福沢諭吉らが乗船していた。