「ただの朝食に、人生の深みが必要だと思ったのです」。そう語るのは、自宅のキッチンを実験場と化して五年、ついにトースターを改造して『叫び』や『モナ・リザ』をパンに再現することに成功した羽田野夢二郎氏(42)だ。彼のキッチンには、芸術への情熱と引き換えに失われた、数千枚の黒焦げになった食パンの山が築かれている。

羽田野氏が開発した『マスターピース・トースター』は、ヒーターの出力をミリ単位で制御し、焦げ目のグラデーションだけで緻密な肖像画を描き出す。最大の特徴は、焼き上がりの三秒前に搭載されたスチーム噴射機構によって、トーストの表面に油彩画のような光沢を与えるという余計すぎる機能だ。

しかし、この高度な技術の弊害として、焼き上がりに平均で四十分を要する。忙しい現代人には到底受け入れがたい仕様だが、羽田野氏は涼しい顔で「芸術とは、完成を待つ者の忍耐をも作品の一部にするものです」と語る。冷めきって硬化したゴッホの『自画像』を、彼は朝食として優雅に嗜んでいるという。

さらに困ったことに、この装置は時折、設定を誤って前衛的な抽象画を生成してしまう。先日も、本人は「ひまわり」を焼こうとしたところ、出力されたのはただの黒い塊であり、それを見た近所の住人が「炭の化した現代社会の闇」と評して泣き出したというエピソードまである。

現在、羽田野氏はさらなる高みを目指し、パンの耳に額縁を彫り込む技術の開発に着手している。パン一枚のために二時間費やす朝食が、果たして人類のQOL向上に寄与するのか、その答えを誰よりも早く知りたいのは、毎日冷めた焦げパンを食べさせられる羽田野氏の家族に他ならない。

インタビューの最後、彼は誇らしげに語った。「明日はついに、トーストに『最後の晩餐』を焼き付けます。十二人分の弟子をすべてクルトンで表現する予定です」。そう言いながら彼が取り出した食パンは、すでに少し湿気を含んでしなびていた。