田村茂樹さん(42)がこの執念深いプロジェクトを立ち上げたのは、ある朝、食卓でふと見かけた納豆の糸が、夕日に照らされてカペッリーニ(極細パスタ)に見えた瞬間だったという。田村さんは即座に「人類はまだ、真の粘りを知らない」と確信。キッチンを極秘研究所へと改造し、豆の選定から熟成温度の管理まで、全てを独学で開始した。

最初の1年は、納豆菌との対話に費やされた。田村さんは毎朝、大豆に向かってクラシック音楽を聴かせ、「もっと細く、もっとエレガントに糸を引いてくれ」と切実な要望を伝え続けた。周囲の住人からは、早朝から大豆に話しかける謎の男として恐れられたが、彼は「彼らには芸術がわからないだけだ」と意に介さなかった。

2年目には、糸の弾力性を極限まで高めるため、重力と気圧を操作する特注の装置を自作した。この装置は、糸を微細な振動で編み上げるという常軌を逸した機構を備えており、稼働中は家中に「キュィィィン」という電子音が鳴り響いた。田村さんはこの時期、食生活の9割を納豆の失敗作で賄い、体臭が完全に「発酵した大豆」になったという伝説まで生まれた。

そして迎えたプロジェクト最終日。装置から現れたのは、もはや食品の枠を超越した、まるで光ファイバーのように輝く黄金色の束だった。箸で持ち上げると、糸は途切れることなく天井まで伸び、田村さんの家の天井から床までを、完全に芸術的な粘着物質で覆い尽くした。

完成したその糸を恐る恐る口に運んだ田村さんは、深々と満足げに頷いた。「これだよ。これこそが、パスタという名の粘りだ」。彼は誇らしげに語るが、その顔は糸まみれで、表情を読み取ることは不可能だった。

現在、田村さんの自宅は「入居者募集」の看板が出されている。家主によると、「リビングがすべて納豆の糸でコーティングされており、もはや現代建築としての機能を失っている」とのことで、田村さんは今日も、その究極の糸が乾燥してカチコチになった部屋の中で、満足げに次なる発明の構想を練っているという。