この店をオープンしたのは、パン職人の田所弾平氏(42)だ。彼は長年、パンの製造過程で廃棄される耳の『香ばしさと噛み応え』に人生の真理を見出し、ついにパン本体を焼き上げた直後に全て切り落とすという暴挙に打って出た。

店内には、山積みにされた食パンの耳が整然と陳列されている。田所氏が提供するのは、最高級の小麦を使用し、長時間かけて『耳の面積』を最大化する特殊な焼き方で仕上げた逸品だ。メニュー表には『厚耳・超硬め』『薄耳・パリパリ』といった独自の格付けが並ぶ。

しかし、開店初日に訪れた客たちは一様に戸惑いの表情を浮かべた。「パンを買おうと思って入ったら、袋の中身が全て端っこだった。パンのフワフワした部分を求めていたのに、どこにも見当たらないんです」と、常連客は困惑しながら語る。

田所氏は批判を意に介さない。「皆さん、本当の美味しさに気づいていないだけです。あのフワフワした部分は、耳を守るためのクッションに過ぎません。私はそのクッションを取り除き、守護神である耳だけを純粋に抽出しているのです」と熱弁を振るう。

この『耳だけ専門店』では、客が注文すると、田所氏が目の前で焼きたてのパンを豪快に切り刻み、中心部をゴミ箱へダイレクトに放り込むパフォーマンスが行われる。この光景には多くの客が「捨てないで!」と悲鳴を上げるが、田所氏は笑顔で耳を差し出す。

近隣住民からは『パン本体の行方』を心配する声も上がっているが、田所氏によれば、切り落とされた本体は近所の鳩に全て寄付しているという。なお、鳩たちも最初こそ喜んでいたが、最近では『耳はよこさないのか』と田所氏を威嚇するようになっているようだ。

現在、この店では『耳の耳』と呼ばれる、耳のさらに端っこだけを集めた超高級メニューの開発が進められている。田所氏は「いつかパンという概念そのものを解体し、耳の存在だけでパン屋を成立させたい」と、早くも次の壮大な計画を語り始めた。