田所さんは10年前、数学のテストで間違えた問題を消した際、ふと舞い落ちる消しゴムのカスを見て「これらは叡智の残骸ではないか」と確信した。それ以来、勉強や仕事で出た全てのカスを収集し、独自の圧縮技術で練り固める作業を日課としてきた。
当初は卓球ボール程度の大きさだった球体は、5年目にしてソフトボール大に成長。田所さんはこの段階で「消しゴムのカスは、適切な圧力と愛を加えれば、天然ダイヤモンドをも凌駕する高密度物質に変貌する」と独自の論文を執筆し、近所の野良猫に熱心に読み聞かせていたという。
しかし、ここ数年の成長速度は異常だった。田所さんの執念が乗り移ったのか、球体は直径80センチ、重量およそ120キロにまで肥大化。リビングの中央に鎮座するその物体は、かつて白かったはずが今や鉛筆の黒鉛が混じり合い、大理石のような鈍い光沢を放っている。
異変は今朝起きた。重さに耐えきれなくなった床のフローリングが悲鳴を上げ、球体はゆっくりと、しかし確実に下の階の住人の天井を押し始めたのだ。「まるで生き物が大地を削るようだ」と田所さんは語るが、階下の住人からは「天井から謎の弾力性のある巨大な何かが迫ってきて怖い」と通報が相次いだ。
現場に駆けつけた建設関係者は「材質が消しゴムのため、撤去しようとしても壁や床に激しく擦り付けられ、黒い筋が残るばかりで全く動かせない」と困惑を隠せない。この球体は、摩擦係数が極めて高く、どんなに力任せに押しても、キュッキュッと甲高い音を立ててその場に吸い付くように止まってしまうのだ。
現在、この球体は『消しゴム惑星』と命名され、近隣住民からは「リビングの掃除が一生終わらない呪いのオブジェ」として恐れられている。しかし田所さんは懲りる様子もなく、「この球体の中に閉じ込めたのは、僕の若き日の誤答の数々。つまりこれは、間違いを乗り越えた先にある宇宙そのものなんだ」と語り、新たなるカスを球体に塗り込もうと躍起になっている。
結局、家屋の修繕費よりも、球体の運搬費用の方が高くつくという現実を突きつけられた田所さん。最終的に彼は、この球体をそのままリビングのインテリアとして残し、自身は庭にテントを張って生活するという、本末転倒な決断を下した。
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