「かき混ぜる回数はもはや意味を成さない。重要なのは分子レベルでの融合だ」。そう語るのは、納豆研究家の羽田野健二さん(42)だ。彼はこれまで、磁気浮上式のかき混ぜ機や、超音波振動を利用した納豆分離機などを開発してきたが、ついに今回、工業用遠心分離機を改造した『ネバネバ・ターボ・プロ』を完成させた。

実験当日、羽田野さんはパック入りの納豆を遠心分離機の心臓部にセットした。スイッチを入れると、機械は轟音を上げて回転を開始。遠心力は重力の約1200倍に達し、研究室には納豆の香ばしい匂いが立ち込めた。数分後、機械が停止し、蓋を開けると、そこには納豆があったはずの場所に、黄金色に輝く奇妙な霧のような物質が漂っていた。

「成功だ!これこそが全宇宙が求めていた納豆の究極形、すなわち『エア・ナットウ』である」と羽田野さんは歓喜の声を上げた。彼はその霧を慎重に採取し、茶碗に盛られた炊きたてのご飯の上にふわりと乗せた。見た目はまるで綿菓子のような繊細な仕上がりだが、その密度は羽田野さん曰く「納豆の魂が凝縮されている」という。

実食の瞬間、立ち会った助手は緊張の面持ちで見守った。羽田野さんが一口食べると、その表情は一瞬で驚愕に変わった。「……味がない。いや、あまりにも微細すぎて、舌が納豆と認識する前に細胞が直接吸収しているようだ」。彼はそのまま立ち上がり、窓を開けて天を仰いだ。納豆を咀嚼するという概念すら、彼にとっては古臭い習わしになってしまったのだ。

その後、羽田野さんは「次は味噌汁を分子分解して、気体として摂取するプロジェクトに着手する」と宣言した。近所の住民からは「朝からキッチンからエンジンの音が聞こえて怖い」「結局、普通に食べたほうが美味しいのでは」という不安の声も上がっているが、彼はどこ吹く風だ。

結局、彼の実験の結果、残されたのは遠心分離機の内部にこびりついた強烈な粘着物と、誰にも理解されない達成感だけだった。現在、羽田野さんの自宅キッチンには、彼の研究成果である「納豆の霧」が充満しており、家族からは「毎日が豆まきの日みたいだ」と、深い溜息混じりに評されている。