これまでトーストにバターを塗る行為は、人間にとって単なる「労働」でしかなかったと羽田野さんは語る。「忙しい朝に、パンの端までバターを行き渡らせるあの徒労感。それを芸術的な『作品』へと昇華させたかったんです」と開発の動機を熱く語る。彼が完成させた『バタール・ド・ラ・マタン』は、搭載されたカメラでパンの耳の形状をスキャンし、最も美しく見える黄金比を算出してバターを噴射する。

特筆すべきは、そのこだわりの異常さである。ただ塗るだけではない。このマシンは「印象派の筆致」や「ルネサンス風のグラデーション」など、5つのモードを搭載している。特に「未来派モード」を選択すると、勢いよくバターが噴射され、キッチン中にバターが飛び散るという豪快な演出がなされる仕様だ。

実験に参加した近所の住民からは、「確かにバターの模様は美しいが、壁の掃除が大変だ」「パンを食べる前に、まず部屋を拭く必要がある」といった困惑の声も上がっている。しかし、羽田野さんは一歩も引かない。「真の芸術には代償が伴うものです。壁に付着したバターの飛沫こそが、朝食の情熱の跡なのです」と独自の美学を展開する。

現在は、ジャムを同時に塗り分けられる上位機種の開発にも着手しているとのこと。しかし、実験のたびにキッチンが油ギッシュな戦場と化しているため、奥様からの風当たりは強くなる一方だという。

昨日の朝、満を持して「ピカソモード」を披露した羽田野さんだったが、出力されたトーストは完全にバターの海に沈み、ただの「脂ぎった食パン」と化していた。彼はその光景を見て「これは……破壊と再生のメタファーだ」と涙を流しながら完食したという。