都内在住の羽田野健一さん(42)は、以前からグラスとグラスが触れ合う瞬間の音に深いこだわりを持っていました。一般的なグラスでは満足できず、世界中のクリスタルガラスを収集してきましたが、最終的にたどり着いた結論が「部屋の響きが足りない」というものでした。

羽田野さんは今年に入り、住宅リフォーム業者に対し「乾杯の余韻が少なくとも30秒は続く家にしてほしい」と前代未聞の依頼を敢行。業者側も困惑しつつも、羽田野さんの情熱に押し切られ、家の壁、天井、さらには床に至るまで、厚さ10センチの特殊な銅合金パネルで覆う工事に着手しました。

完成した「響鳴ハウス」と名付けられた自宅では、羽田野さんが一人でグラスを掲げて「乾杯!」と小さく呟くだけで、家全体が荘厳な教会の鐘のような重厚な音を奏でます。その音圧は凄まじく、近隣住民からは「毎日正午になると、なぜか巨大なゴングが鳴るような騒音が聞こえる」と苦情が相次いでいました。

しかし、羽田野さんはこの音に陶酔しており、「今の環境なら、私の乾杯はオーケストラのチューニングを超えた領域にある。もはや生活そのものが音楽です」と自信満々に語ります。近所の人々が騒音調査にやってくるたびに、羽田野さんは彼らを招き入れ、まずは盛大に乾杯をして音の素晴らしさを説くため、住民たちも次第に音の発生源が「羽田野さんの乾杯」であることを理解せざるを得なくなりました。

さらに驚くべきは、羽田野さんの飽くなき向上心です。彼は現在、より複雑な倍音成分を出すために、家の外壁に300個のトライアングルを溶接する計画を進めています。本人は「次は、飲み会の終わりにふさわしい『切ない余韻』を演出したい」と意気込んでいますが、もはや家が家として機能するのかという点については深く考えていないようです。

先日、ついに耐えきれなくなった近隣住民の代表が苦情を伝えに来た際、羽田野さんは最高級のグラスを二つ用意し、彼らと共に全力で乾杯を行いました。その際に出た音が、あまりに美しく感動的だったため、怒り心頭だったはずの代表者も思わず涙を流し、「…まあ、この音なら許そうか」と謎の納得をして帰宅したといいます。

現在、羽田野さんの自宅前には、彼の奏でる『乾杯の響き』を一目、いや一聴しようと、近隣住民たちが日没とともに自前のビール片手に列を作るという、謎のコミュニティさえ誕生してしまいました。今日も羽田野さんの家からは、街全体を揺るがすような、あまりに壮大すぎる乾杯の音が鳴り響いています。