食品の殺菌や消毒の基本は加熱です。焼く、茹でる、炒めるなど、生の食材の加工には火を通すことが食中毒を防ぐ上で重要となります。
しかし、細菌を殺すことができても、その細菌が出した毒素が残ってしまい食中毒になるケースがあります(細菌性食中毒の毒素型と呼ばれます)。毒素の中には一般家庭で行うような加熱では解毒されないものもあります。
今回は、熱に耐性を持つ毒素の一例を紹介します。
黄色ブドウ球菌のエンテロトキシン
黄色ブドウ球菌は、人間を含む動物の皮膚などに存在する細菌です。免疫が正常である場合はあまり問題にはなりませんが、実は有害な毒素を出す細菌です。学名はスタフィロコッカス・アウレウス(Staphylococcus aureus)とされます。
正式な名称は、Staphylococcus aureus(スタフィロコックス・アウレウス)で、「ブドウの房状」を表す接頭語Staphylo-と「球菌」を表すcoccus、「黄色い、黄金」のという意味のaureusが合わさったものです。
季節の標語|大阪市立大学 大学院医学研究科 細菌学
エンテロトキシンとは、主に腸に対して悪影響を及ぼす、細菌が出す毒素全般のことを言います。黄色ブドウ球菌が出す毒素もエンテロトキシンの一種です。黄色ブドウ球菌の毒素であることを明言する場合は「黄色ブドウ球菌毒素」と呼ぶこともあります。
この黄色ブドウ球菌毒素は、熱に強いだけでなく、乾燥や塩分に対しても耐性を持つとされます。
毒素型の細菌の場合には殺菌だけでは不充分で、毒素を不活性化することが必要です。しかし、例えば黄色ブドウ球菌毒素では 100 ℃、30 分の加熱でさえも毒性が消失しないことが知られています。加熱処理もまた、万能ではないのです。
神戸大学 保健管理センター 夏です ・・・細菌性食中毒の季節です!
直径約1μm(1mmの1000分の1)の球形をした菌で、複数の菌が集合してブドウの房状に見えます。このことと、培養したときに黄色い色素を出す特徴により、黄色ブドウ球菌と名付けられました。また、耐熱性で、乾燥にも強く、食塩濃度が高く(7~10%)ても生きていけるという特徴を持っています。
北海道立衛生研究所微生物部腸管系ウイルス科研究職員 池田徹也 黄色ブドウ球菌による食中毒
その上、胃酸でも無毒化されない酸に対する耐性も持ちます。
この毒素を含む食品を食べてから1~5時間後に、吐き気や嘔吐、腹痛、下痢などの症状が現れます。発熱はありません。通常であれば、命に関わるほどの重症にはならないようです。
ジャガイモのソラニンやチャコニン
ジャガイモの芽の周りや皮が緑色の部分に毒があるということは広く知られています。ここに含まれている毒素がソラニンやチャコニンと呼ばれる毒素です。
厳密にはα-ソラニン、α-チャコニンと呼ばれ、どちらもアルカロイドに糖が結合した物質(グリコアルカロイド)です。α-ソラニンの化学構造は以下の通りです。
ソラニンやチャコニンはナス科の植物であるジャガイモや同じくナス科の植物であるツルナス、イヌホオズキに含まれていることが知られています。
ジャガイモ(塊茎:いも部分)に光が当たったり、傷がついたりすると、ジャガイモ中のグリコアルカロイドが増えます。ジャガイモは、光に当たるとその部分にクロロフィルが溜まって緑色に変わります。
グリコアルカロイドはジャガイモの芽に一番多く含まれ、葉、茎、花、果実、根にも含まれています。
通常のジャガイモ(塊茎)は、100 gあたり平均7.5 mg(0.0075 g)のソラニンやチャコニンを含んでいて、そのうち3~8割が皮の周辺にあります。
農林水産省/食品中のソラニンやチャコニンに関する情報
これらも熱に強い毒素であり、最低でも170℃のオーブンで15分間加熱する必要があります。しかし、緑色の部分をしっかり取り除かなかった場合では、210℃で揚げジャガイモでも食中毒が起きた事例が報告されています。
症状は、吐き気や下痢、おう吐、腹痛、頭痛、目眩などです。黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンとは異なり、重症化(神経症状や視覚障害)や、場合によっては死亡することもあるとされます。
ジャガイモを調理する際には、毒素があることが疑われる部分は念入りに取り除くようにしましょう。
腸炎ビブリオの耐熱性溶血毒(TDH)
腸炎ビブリオは、魚介類や甲殻類が持つ細菌であり、学名はビブリオ・パラヘモリティカス(Vibrio parahaemolyticus)です。
これが放出する毒素が耐熱性溶血毒(thermostable direct hemolysin : TDH)です。名前に「耐熱」とあるように、これも細菌が出す熱に強い毒素です。「溶血毒」と呼ばれる理由は、赤血球の細胞膜に穴を開けて破裂させる性質があるためです。
腸炎ビブリオが体内(腸管)に付着すると、他の腸内細菌を排除して筋肉細胞などを破壊する毒素を出すため非常に有害です。
細菌自体は、塩分が含まれない真水に弱いため、魚介類や使った器具を真水の流水で洗うことで減らすことができます。しかし、これも毒素が残る可能性がありますので注意が必要です。
腸炎ビブリオは、発見者の藤野先生が「丸くて太っちょ」と表現したように、長さ約2マイクロメートル(μm:1μmは100万分の1m)のずんぐりとした俵形で、1本の太いべん毛と細かいべん毛をもつ細菌です(表紙写真)。べん毛をモーターのように使って海を泳ぎ回り、魚介類に付着します。
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腸炎ビブリオは人間の体の中に入り腸管に付着すると、自らのタンパク質を送り込むための分泌装置を、船のイカリのようにおろして、ほかの細菌を腸内から排除し強く定着します。さらに恐ろしいことに、宿主の心臓の筋肉細胞などを破壊する毒素を分泌します。
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腸炎ビブリオの場合、加熱によって菌は死滅しても、毒素であるTDHはその後の温度変化によっては、いったん失った毒性を回復させることがあるのです。このような現象は、発見者の名前を取ってアレニウス効果と呼ばれています。
写真出典:日本細菌学会 細菌学教育用映像素材集(第2版)島田俊雄、大澤朗
加熱しても壊れない、食中毒原因菌・ 腸炎ビブリオの毒素に迫れ!! — SPring-8 Web Site
TDHは、加熱によって変化しても毒性が回復するという特徴(アレニウス効果)を持ちます。
潜伏時間は6~24時間で、症状は下痢や腹痛(上腹部)、吐き気、嘔吐、発熱です。
おしまい
食中毒を防ぐには、加熱はもちろん重要ですが、それで全ての毒素を無くすことができるわけではないということを知っておくことも重要です。
もったいないですが、悪くなった食品を破棄することも病気を防ぐためには必要な場合もあります。
自分で釣った魚や野生の山菜などを食べるときは、特に注意して調理しましょう。
消毒用アルコールなどによる手や調理器具の殺菌・消毒や、食品の低温保存なども有効です。