「辛味」というのは、実は基本的な味覚の一つではありません。
口腔内で「辛い」を感じることは、実は味覚受容体を刺激することによるものではなく、知覚神経を直接刺激することによって起こっている。
城西国際大学薬学部薬理学研究室 トウガラシの辛味は胃腸でも味わう:消化管疾患とカプサイシン受容体
これが「辛味は痛み」と言われる理由です。
また、一言で辛味で言っても、唐辛子や胡椒、わさび、カラシ(ねりからし)などの辛さは違う種類のものです。
今回は、この辛味を示す物質の種類やその健康効果などについての知識を紹介します。
辛味の原因物質
辛味を呈する物質は様々な種類があります。代表的なものは以下の通りです。
含まれる食べ物 | |
---|---|
唐辛子 | カプサイシン |
生姜 | ジンゲロール(ショウガオール) |
胡椒 | ピペリン |
ワサビ | アリルイソチオシアネート(アリルカラシ油) |
カラシ | アリルイソチオシアネート(アリルカラシ油) |
マスタード(洋カラシ) | ベンジルイソチオシアネート(ベンジルカラシ油) |
イソチオシアネート以外は、体を温める作用があります。後ほど詳しく紹介します。
辛味成分の詳細と健康効果
上記の各辛味成分についてと、それが持つ健康効果についてです。
カプサイシン
唐辛子に含まれるカプサイシンは、体が熱くなり汗が出るような辛さの代表成分です。
カフェインなどと同じアルカロイドの一種で、油やアルコールに溶けやすい物質です。
化学式は C18H27NO3 で、その構造は以下の通りです。
唐辛子には、カプサイシン以外にもその仲間であるジヒドロカプサイシンやノルジヒドロカプサイシンなどの、カプサイシノイドと呼ばれる成分が含まれます。
しかし、最も辛味が強くて、カプサイシノイドの半数以上を占めているのがカプサイシンです。
したがって、唐辛子の辛味成分 = カプサイシン と考えて差し支えありません。
カプサイシンはがんの制御や抗炎症、抗肥満、鎮痛、抗菌、抗酸化、抗ストレスなどいろいろな生理活性を有することが知られています。
大阪教育大学 食品の嗜好成分(1)味 — 食教育情報WEB
ラットおよび人間に対して、胃や十二指腸の潰瘍の予防効果があることも確認されてます。
カプサイシンによる刺激は消化管全体で受け取ることができ、それによって胃粘膜の血流増加や粘液分泌増加などを起こして胃を保護するそうです。
城西国際大学薬学部薬理学研究室 トウガラシの辛味は胃腸でも味わう:消化管疾患とカプサイシン受容体
ただし、一度に大量に摂取すると、以下のような症状が起こることが報告されています。
ヒトがトウガラシやその加工品のカプサイシンを過剰に摂取することによる症状は、流涙症や鼻液漏、排尿障害、胃食道逆流症などです。
なお、子どもや感受性の強い人では、粘膜炎症や吐き気、嘔吐、高血圧などの症状が報告されています。
カプサイシンに関する詳細情報:農林水産省
辛味の刺激に対する感じ方は人によって異なるようです。
上記の胃粘膜の保護作用も、カプサイシンを過剰に取りすぎた場合は逆効果となるようです。
ラットにカプサイシンの皮下投与試験を行ったところ、125 mg/kg体重(2日間の投与量の合計)で保護作用がなくなることを確認(皮下投与10 – 14日後に、カプサイシン2.5 mg/kg体重を経口投与し、30分後に0.6 N塩酸 1 mlを胃内投与して胃の損傷面積を検査)。
カプサイシンに関する詳細情報:農林水産省
体重60kgの人間に換算すれば、7500mgのカプサイシンを2日以内に取ると危険ということになります。
上記の実験は「皮下投与」ですので、食べ物として摂取する場合はもっと多く摂取しないと同じ量にはならないと考えられます。
これは現実的に摂取できる量ではないので、危険性はほぼないと言ってもいいでしょう。
どんな成分にも言えることですが、常識を超えた範囲での摂取は悪影響になります。
ジンゲロール・ショウガオール
生姜は熱帯アジア原産の多年生草本です。主にその根が使われます。
生姜に含まれる辛味成分も様々な種類があります。
最も辛味を示すものはショウガオール(6-ショウガオール)で、これは生の生姜ではなく乾燥させた粉末などに多いそうです。
6-ショウガオールの化学式は C17H24O3 で化学構造は以下の通りです。
ショウガ辛味成分には、アディポネクチンの発現低下抑制作用が確認されています。
私たちの研究グループはショウガ辛味成分の新規な生理機能として、アディポネクチンの発現低下抑制作用とその作用メカニズムを明らかにしました。
成熟脂肪細胞を用いて、脂肪細胞の炎症性変化とこれに伴うインスリン抵抗性のモデル系として、TNF-αによるアディポネクチン発現低下とその抑制に関わる食品因子を検討する過程の中で、ショウガ辛味成分の6Gと6Sに抑制作用を見出しました。
これまでの研究成果:中部大学 応用生物学部 食品栄養科学科 津田研究室
6Gとは6-ジンゲロールのことで、6Sは6-ショウガオールのことです。
アディポネクチンとは、糖尿病の主な原因となるインスリン抵抗性(血糖値を下げるインスリンが効かなくなる体質)を改善する物質です。
簡単に言えば、ショウガの辛味成分にはアディポネクチンの分泌が減ることを防いでくれる効果あるということです。
他の研究でも、ジンゲロールに血糖値が上がることを防ぐ効果が確認されており、上記の研究結果と一致しています。
岡本真由美博士は機能性食品化学プロジェクトで実施しているショウガ成分の機能について紹介された。マウスによるジンゲロールとその誘導体の投与試験の成果を述べ、ジンゲロールの血糖値上昇抑制作用と脂肪低下作用が見出されたことが報告された。
早稲田大学 理工学研究所 第1回機能性食品化学プロジェクトシンポジウム
また、生姜に含まれる他の辛味成分であるジンゲロンには、エネルギー消費量を増やす効果が確認されています。
ラットやマウスを用いた動物実験で、ショウガなどの香辛料には、エネルギー消費量を高める食品成分が含まれていることが明らかにされている。たとえば、ラットを用いた実験で、生姜の辛み成分の一つであるジンゲロンが酸素消費量を増加させ、かつ体内の脂肪の燃焼を盛んにすることでエネルギー消費を促進させることが明らかになっている24)。
生姜摂取と健康づくり 木村公喜
ピペリン
ピペリンに関しては、以前胡椒について紹介した時に触れました。
胡椒(コショウ)の栄養と健康効果 – 鉄分補給や体温上昇効果など
ピパーツと呼ばれる島胡椒には、多くのピペリンが含まれており、その健康効果を十分に受けることが期待できます。
石垣、八重山地方で昔から使われてきた島胡椒です。古くは生薬として健胃、整腸に用いられてきたといわれています。
ピペリンという辛味の主成分の含有量は黒胡椒を上回り、発汗作用が高く、新陳代謝を促す効果、消化を助ける働きから美容と健康効果が期待できます。血行を良くすることで自律神経を調整する効果、冷え症にも効果的とされます。
沖縄の美容・健康素材 | 国立大学法人琉球大学 ヘルスツーリズム分野 ウェルネス研究プラットホーム
イソチオシアネート
イソチオシアネートは、アブラナ科の野菜に含まれる物質です。大根のすりおろしにある独特の刺激はイソチオシアネートによるものです。
イソチオシアネートには様々な種類があり、野菜ごとに含まれる種類が違います。ブロッコリーに含まれるスルフォラファンもイソチオシアネートのひとつです。
わさびやカラシにはアリルイソチオシアネートという種類が含まれます。アリルイソチオシアネートはアリルカラシ油とも呼ばれます。
正確には、このアリルイソチオシアネートの元となる物質であるシニグリンと、それを変化させる酵素が含まれています。
シニグリンにミロシナーゼという酵素が働くと、イソチオシアネートに変化します。
カラシの種子には、ワサビと同様に、苦味はあるものの辛味のないシニグリンという辛味の素となる物質とミロシナーゼという酵素が含まれています。それ故、粉カラシに水を加え激しくかき混ぜると酵素反応が開始して、シニグリンからあの独特な辛味物質であるアリルカラシ油が生成します。生わさびの場合は、水分があるので、すりおろしたり細かくきざんだりするとシニグリンとミロシナーゼが反応してアリルカラシ油が生成します。
カラシは辛し シニグリンとアオムシ 中西教授東京農業大学短期大学部醸造学科 教授 (醸造学科食品微生物学研究室)
このイソチオシアネートには、発がんを抑える作用があることが知られています。
ITCの発がん抑制作用は,70年代後半から動物実験によるデータが数多く報告されてきた.Wattenberg らの先駆者的な乳がんに対する研究にはじまり,タバコ特異的 nitrosamine 誘発肺がん,或いは前胃がん,肝がん,大腸abberrant cript foci生成に対する顕著な抑制効果が数々報告されている(Hecht, 2000).
一方,疫学的研究からも,キャベツ,ハクサイ,ブロッコリーといったアブラナ科野菜の摂取は,様々な臓器での発がんリスクを軽減しうることが示唆されてきた.例えば,いくつかの症例対照研究から,ITC類(を含む野菜)の摂取量が増加すると,肺がん,大腸がんなどのリスクが低減するとの報告がなされている.
さらに,ごく最近の分子疫学研究から,尿中に排泄された ITC 代謝産物量と肺がん(London et al., 2000),及び乳がん(Fowke et al., 2003)のリスク低下との間に有意な相関が報告された.
イソチオシアネートによるがん予防の可能性 ─細胞増殖の選択的制御とその分子機構─
辛味成分による体の温め効果は、それによるアドレナリンの分泌の促進などが関わっています。
しかし、イソチオシアネートだけは、上記3つの辛味成分にある体を温める効果が確認されないそうです。
また、麻酔下のラットを用いた実験で、唐辛子(カプサイシン)、ショウガ(ジンゲロン)、胡椒(ペパリン)の点滴によって、副腎髄質からのカテコールアミン、とりわけアドレナリンの分泌が高まったり、交感神経活動が活発になったりして、身体を温めることが分かっている25)。
しかし、和からし(アリルイソチオシアネート)やにんにく(ジアリルジスルフィド)には、このような作用は認められない。
生姜摂取と健康づくり 木村公喜
辛味とがんの関係
辛いものを食べ過ぎると口腔がんになる、という話を聞いたことがあったので調べてみたのですが、その関係を示す学術的なデータは見つけられませんでした。
「インドは辛いスパイスをよく食べるから口腔がんが多い」という話も、辛いものではなく噛みタバコが原因のようです。
インドを中心とする南アジア,東南アジア地域では全癌(がん)の約30%と高頻度に発症し、これらの地域の人口(約15億人)を勘案すると、地球上に発生する癌(がん)の相当な割合を占めている可能性が推察される。
この原因として、これらの地域に特異的な生活習慣である噛みタバコの習慣が重要な役割をなしていることが疫学的調査により明らかとされている。
アジアに多発する口腔癌(口腔がん) 口腔病態学分野 -岐阜大学大学院医学系研究科-
辛味の強さを表す単位
辛味の刺激の強さを表す単位にスコヴィル単位というものがあります。
これは、辛味を感じなくなるのに、どれだけ薄める必要があるかによって辛さを測るものです。
その測定方法は次のようになります。
- トウガラシの辛味成分であるカプサイシン類は親油性であるため、トウガラシをアルコールに漬けて辛味成分を抽出する
- この抽出液に甘みの付いた水を一定の割合で加え、舌が辛味を認識できる限界まで希釈する
- 辛味成分の量に対して何倍の甘みの付いた水を加えたかを単位とする
この単位によれば、タバスコソースの辛さは 2500~4000、ハバネロは 300000 となるようです。
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