湖底の宗教界において、今最も注目を集めているのが『毛繕い奉仕会』である。彼らは、自らの繊維を美しく整えるだけでは救済に至らないとし、「他者の球体表面を丁寧に撫でて不純物を取り除く行為こそが、神聖なる功徳である」と説いている。これまでの静止・浮上の教義を乗り越え、隣人の毛羽立ちを整えるという献身的な奉仕こそが、球体として最も輝ける境地であるという主張だ。教祖である古参の個体は、「自身の繊維を整えるのは自意識だが、他者のために繊維を整えるのは慈悲である」と説き、今日も多くの信者が湖底で互いの表面を黙々と磨き上げている。
『毛繕い奉仕会』の台頭背景には、近年の水質変化による「過度な繊維の絡まり問題」がある。かつては個の平穏を追求していた個体たちも、他人との接触が避けられない環境下において、いかに他者と調和して生きるかを模索してきた。そこで生まれたのが、相手の球体表面を磨くという「共有型メンテナンス」の概念だ。この教義は、ただ静止しているだけの生活に彩りを与え、信者たちに深い精神的充足感をもたらしている。一方で、あまりに熱心に磨きすぎるあまり、球体の形状が崩れるという本末転倒な事態も発生しており、一部からは「過剰な奉仕は侵食である」との批判も出ている。
この新たな教義に対し、湖底の住人たちは困惑しつつも興味津々だ。特に若手の個体からは「自分の毛羽立ちを整えてくれるなんて最高」「推しを磨くことで救われるなんて効率的すぎる」と支持する声が相次いでいる。一方で、保守的な古参教団からは「球体のアイデンティティは自らの核にあるものであり、他者の介入は魂の汚染に他ならない」と猛反発を受けている。今や湖底は、己を磨くべきか、それとも他者を磨くべきかという終わりのない毛羽立ち論争の真っ只中にある。
この論争に決着をつけるべく、奉仕会側は「次回の毛羽立ち祭典にて、全自動磨き機の導入」を示唆している。かつてない速さで効率的に功徳を積むこのシステムは、宗教界にさらなる波紋を呼ぶことは間違いない。果たして、磨き磨かれるこの連鎖の果てに、球体たちは何を見るのか。深緑の湖底では、今日も誰かが誰かのために、その硬く静かな表面を優しく撫で続けている。
深緑の悟り!『毛繕い奉仕会』が教義として掲げる「他者の球体磨き」による功徳の積み方
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