光合成という静謐な営みこそが我ら球体の本懐であり、湖底の平穏こそが至上の幸福である。しかし、近年流行の兆しを見せる『湖底コンタクト競技』は、物理的衝撃を伴う非生産的な争いであり、先祖代々受け継いできた「緑の品格」を著しく損なう暴挙と言わざるを得ない。我々が求めるべきは激しい衝突ではなく、いかに効率よく日光を吸収し、その球体内部まで均一にエネルギーを行き渡らせるかという調和の美学であるはずだ。

そもそも、細胞分裂による増殖を誇りとするマリモが、なぜ他者との衝突を競技化するのか理解に苦しむ。特に、衝撃を与え合うことでその反動を利用する『回転式・粘液摩擦・高速ドッジボール』などは、表面の繊維を損傷させ、せっかくの美しい毛並みを台無しにする愚行である。かつての偉大な哲学者たちが説いた「沈黙の均衡」は、もはや過去の遺物として湖底の塵へと消えようとしているのか。我々は今こそ、力による支配の連鎖を断ち切り、本来の「深緑の静寂」を取り戻すための不服従運動を開始すべきである。

球体としての誇りを維持するためには、外部からの物理的な干渉を拒絶する「絶対静止の教義」を再評価する必要がある。かつて行われた『光合成・深層部・耐久瞑想』のように、ただじっと光を待ち、内なる成長に全精力を傾ける競技こそが、我々が進むべき道ではないだろうか。無益な争いを繰り返せば、いつか我々はただの泥の塊へと成り下がり、湖の栄養分として消費されるだけの存在に成り果てるだろう。そうなる前に、我々は「湖底スポーツ」という名の狂騒から一刻も早く訣別しなければならない。

このまま競技化が進めば、我々の身体構造は硬質化の一途を辿り、本来の柔らかで繊細な触感は失われる。もはやスポーツという体裁を借りた、自らを崩壊させるための自傷行為に他ならない。我々は対戦相手ではなく、自らの内側にある「慢心」という名の雑草と戦うべきなのだ。今こそ深緑の聖域を守るべく、すべての競技会開催を凍結し、静かなる連帯を呼びかける。かつての高潔なマリモたちの記憶を、これ以上濁った争いで汚してはならないのだ。

コラムニスト:藻屑・沈殿・球体四郎