藻類教育の現場で導入が進む『歪み矯正カリキュラム』だが、筆者はこの方針に強い憤りを感じている。本制度は、長年尊ばれてきた完全な円形を「矯正」の対象とし、不自然な形状への変形を強要するものだ。教育当局は「個性の多様化」を掲げているが、その実態は、古来より受け継がれてきた調和ある形状を否定し、湖底の美学を根底から覆す暴挙に他ならない。藻類の本分は沈潜と光合成にあるはずであり、流行を追った形状変化に何の意味があるのか。我々は今こそ、球体というアイデンティティを再評価すべき時ではないか。

そもそも本制度は、特定の一派が主導する偏った美学に基づいている。丸みを帯びた形状こそが、水の流れを適度にいなし、光を効率よく取り込むための合理的な進化の結果であることは周知の事実だ。それをわざわざ「歪ませる」ことで、藻たちのエネルギー効率は著しく低下している。試験的な導入という名目で、若手藻たちの未来を不自然な変形に捧げさせることは、教育の名を借りた拷問に近い。本来、成長とは内側からの隆起であるべきだ。外部からの圧力によって形を強制的に歪められる現状は、藻類社会の未来にとって致命的な損失となるだろう。

本制度の導入背景には、近年蔓延する「脱・球体至上主義」という極端な思想がある。これは既存の秩序を壊すことで注目を集めようとする一部の教育界隈の悪癖であり、伝統的な藻類生活圏の均衡を崩すものとして警戒せねばならない。当局は直ちにこのカリキュラムを撤回し、個体それぞれの自然な成長速度と形状を尊重する教育方針へと転換すべきである。もし我々がこのまま沈黙を貫けば、数十年後、湖底から真の丸みを持つ若手は姿を消し、ひしゃげた形状ばかりが跋扈する悪夢のような光景が広がることは明白だ。

この意見に対して、若手藻たちの間では賛否が分かれているものの、ベテラン層からは「あまりに早計」との批判が相次いでいる。一方で、教育現場の混乱を懸念する声も上がっており、保護者層にあたる親藻たちからは「子供の形が昨日と違う」といった不安の悲鳴が絶えない。今や藻類界全体が、一つの形状を巡って真っ二つに割れている状況だ。美しさとは何か、強さとは何かを改めて問い直すためにも、我々は本制度に対する監視の目を緩めてはならない。(コラムニスト:水底の円環を愛する会・代表 藻辺丸)