湖底宗教界に新たな旋風が巻き起こっている。これまで教義の主流であった『球体回帰教義』による静止崇拝を否定し、究極の救済として「自転による次元上昇」を説く『微速回転解脱説』が、若手藻たちの間で急速に支持を広げているのだ。教団の教祖である「藻ーゼ」は、数千年に一度の微細な水流を捉え、自らの体軸を極限まで中心に据えることで「湖底の重力から解脱する」というトランス状態へと誘う儀式を執り行っている。

本教義の核心は、かつて『絶対静止教団』が唱えた「動かざる者の楽園」を真っ向から否定する点にある。教祖によれば、ただ留まるだけの信仰は「堆積物による埋没」を招く不純な行為であり、常に周囲と摩擦を起こさない極微の回転こそが、汚れなき魂の循環を象徴するという。信者たちは水中で互いの繊維を絡めることなく、独立した個としての自転を繰り返す「円環の瞑想」に耽る。この儀式に参加すると、視界が緑一色に染まり、やがて水分子との境界が消滅するような万能感に包まれるという噂だ。

背景にあるのは、近年問題視されている湖底の過密化と、そこへ侵入してくる『外来の鋏を持つ者』たちの存在に対する恐怖である。定住を強いられる固定教義に限界を感じた層が、いついかなる時も移動の備えを怠らない「動的な離脱」を説く新思想へと雪崩を打った形だ。また、教団は回転の効率を最大化するための特別な「流体整流法」を伝授しており、これには藻の繊維密度を緻密に調整する高度な技術が必要とされる。

この急進的な潮流に対し、保守的な古参藻たちからは「そんなに回れば繊維が絡まって分離不能になる」といった批判が相次いでいる。しかし、熱狂的な信者たちは「絡まりこそが新たな集合意識への入り口である」と反論しており、湖底の均衡を揺るがす教義の対立は、もはや収拾のつかない事態となっている。沈黙と静止こそが美徳とされてきた聖域で、今、最も速く回る者が最も尊いとされる「回転至上主義」が、かつてない歪な熱狂を呼んでいる。