阿寒湖の深部にて、これまで微動だにしなかったはずの長老級個体が、突如として独自の推進力を得て移動を開始するという怪現象が発生した。観測チームによると、対象となったのは直径30センチの巨大球体。彼らは水の粘度を巧みに利用した『微細振動推進法』を会得しており、時速0.003ミリという、人類から見れば静止画と変わらない速度で、湖底に『光合成走行ルート』を刻み込んでいるという。かつてない能動的な挙動に、藻類生態学の権威たちも「彼らの内部に眠る原始的な加速本能が、水温変化をトリガーに覚醒した」と困惑の色を隠せない。

この驚異的な転走能力の正体は、体内に蓄積された過剰な酸素気泡を特定の方向に噴射する『内蔵型ガス噴射システム』であると判明した。まるで潜水艦のような精密な浮力調整を行い、湖底の堆積物を巻き上げながら優雅に滑走する姿は、まさに水中の精密機械。研究員たちはこの現象を『マリモの自律遠征』と名付け、北の端から南の端まで、彼らが一年かけて約3センチの旅を成し遂げる様子をライブ配信する計画を立てている。ただ、あまりの移動速度の遅さに、視聴者からは「画面がフリーズしているのかと思った」という苦情が殺到しているようだ。

本件は、個体が自己の居住空間を能動的に拡大しようとする『領土拡大戦略』の一環と見られている。これまでは流木や水流に翻弄されるだけの存在だった彼らが、自らの意思で環境を選択し始めている事実は、植物界のヒエラルキーを揺るがす大事件だ。なお、今回の猛烈な加速にあやかり、湖底では『球体専用レーン』の設置を求める署名活動が活発化している。しかし、当の主役たちは今日もなお、昨日の位置からわずか数ミクロン先を目指し、黙々と酸素を噴射し続けている。

この事態を受け、SNS上では「彼らが時速1ミリに達したら地球が滅ぶ」「その重厚な走りに全米が泣いた」といった大喜利が展開されている。また、一部の熱狂的な愛好家からは「この加速に耐えうる頑丈な剛毛を育成するための高タンパク栄養剤が欲しい」というトンデモ要望も出ている。物理学の法則を超越しようとする彼らの野望は、今や阿寒湖の全域を巻き込む巨大ムーブメントへと昇華しており、静かなる湖底で繰り広げられる地味なレースから、誰も目を離すことができない。