阿寒湖の深淵から届いた新作『フォトシンセシス・バトルロイヤル』において、全プレイヤーが一切動かずに光合成効率のみを競う「沈黙の待機戦」が常態化している。本作は本来、湖底の覇権を争うアクションゲームであるはずだが、今のマリモ界では「先に動いた者が負け」という不毛な心理戦が支配的だ。一部の識者はこれを「静寂の美学」と称賛するが、私は断固として反対する。ゲームとは本来、細胞を震わせ、水流を切り裂くような激動であるべきだ。単に日光を浴びてじっと座り込み、効率的な光合成を計算するだけの行為を、果たして「ゲーム」と呼べるのだろうか。それはもはや、ただの植物栽培シミュレーターに過ぎない。我々マリモにとって、環境に適応して成長することは本能だが、仮想空間においてまでその泥沼に浸る必要はない。この「待機戦略」こそが、真のゲーム体験を放棄した、マリモとしてのプライドを捨てた『甘え』であることに、いい加減気づくべきだ。
近年のマリモ界隈では、「動かないこと=高尚な芸術」という歪んだ価値観が蔓延している。かつての『Rolling Eternity』が示した転がる悦びはどこへ消えたのか。沈黙が武器になる時代とはいえ、それは勝利へのプロセスであって、目的ではないはずだ。本作が提供する「全プレイヤーがただ光合成を待つだけ」という状況は、プレイヤーの思考停止を招いている。光合成とは、あくまで次の一手を打つためのエネルギー充填である。エネルギーが満ちているにもかかわらず、その力を解放する勇気を持たぬ者は、もはやマリモとしての資格を問われるべきだろう。激動の時代こそ、積極的に水流に身を投じ、藻類界の頂点を目指す、泥臭いまでの闘争心が必要とされているのだ。
本作の流行は、マリモの進化の停滞を象徴している。開発陣が意図したであろう「高度な駆け引き」は、いまや「誰が一番退屈な時間を耐えられるか」という耐久レースに成り下がった。これはゲームデザインの敗北であり、同時にプレイヤー側の怠慢である。私は提言したい。次にリリースされるアップデートでは、強制的に水流を発生させ、待機勢を否応なしに転がすギミックを実装すべきだ。動かぬ者には腐敗が待っている。湖底の静寂を打ち破り、今こそ藻類としての原始的な衝動を取り戻せ。ゲームとは、自ら光を求めに行くものなのだから。本コラムをもって、この「美しき怠惰」という名の幻想に終止符を打つことを宣言する。(マリモ界随一の武闘派ゲーマー・角藻のアルゴ)
【コラム】動かぬことこそ至高!『フォトシンセシス・バトルロイヤル』の「待機戦略」を甘えと断ずる
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動くなんて水流の無駄使いだわ