湖底社会において、長らく神聖視されてきた「完璧な球体」というアイデンティティが今、激しい揺さぶりを受けている。先月報じられた『尖りマリモ現象』について、湖底医学界は「美学と健康のトレードオフ」として警鐘を鳴らしてきた。かつて真円であることに命を懸けていた若年層のマリモたちが、あえて一部を突き出させる「角(つの)出しスタイル」に傾倒しており、その是非を巡る議論が加熱しているのである。

本現象の最大の問題点は、角の部分に極端に光合成が集中することで発生する「局所的な酸素過多」にある。角の部分だけが猛烈に光合成を行うため、本体との代謝バランスが崩れ、結果として成長ホルモンの異常分泌を招くのだ。これはかつて議論された「過剰光合成・酸欠ハイ」の亜種とも呼べる状態で、尖った先端が浮力を持ちすぎて湖面まで急浮上し、そのまま日干しになってしまう個体が後を絶たない。マリモ専門医のモコモコ教授は、「真円という重力に対する全方位的な調和こそがマリモの健康の源。尖りへの憧れは、一過性の流行に過ぎない」と断罪している。

『尖りマリモ』の背景には、昨今の湖底における「個性のインフレ」がある。SNS(藻類ネットワーク・システム)の普及により、他人と少しでもシルエットが異なることが「映え」として消費されるようになり、代謝異常すらもファッションとして昇華しようとする動きが見られる。かつて湖底を襲った『全円強迫観念症』の反動として、若者たちが無意識に「崩れた形」を理想視し始めたという分析もあり、この現象は単なる流行ではなく、マリモたちの精神構造の変化を映し出す鏡であるという声も強い。

コラムニストの藻類太郎氏は、今回の論争を「アイデンティティの脱構築」と評する。「真円から脱却することは、藻生における自己決定の始まりだが、それは同時に沈没というリスクとの戦いでもある。尖ってでも輝きたいのか、丸く収まって安泰を得るのか。マリモたちの出した答えは、今の私たちの生き方そのものだ。尖って折れるか、丸まって守られるか。結局、一番大切なのは自分の芯(核)が緑色を保てているかどうかではないだろうか」。

(コラムニスト:藻類太郎)