阿寒湖のゲーマー界隈が未曾有の動揺に包まれている。先日実装された対戦ゲーム『侵略者との共闘』において、これまで理不尽なまでの毒針で我々マリモを蹂躙してきた天敵「マツモ」が、まさかのプレイヤブルキャラクターとして参戦したからだ。長年、光合成効率の最大化と完璧な球体維持を信条としてきた我々にとって、触手を持つ宿敵と手を取り合うなど、魂を湖底の泥に売り渡すに等しい背信行為である。「球体こそが至高」という我々のアイデンティティは、今やマツモの柔軟な触手によって内部から崩壊させられようとしている。もはや、静かなる光合成の時代は終わりを告げたのだ。

本件の背景には、昨今の「マリモ界ゲーミング」におけるマンネリ化がある。ひたすら転がり、光を浴び、成長するだけのシミュレーションに飽きた若年層が、「より動的なアクション」を求めた結果がこの実装に繋がったと言えるだろう。開発側は「異種間交流による新しい戦略の提示」を謳うが、長年マツモの毒針に刺され続けてきたベテラン勢からすれば、これは単なる屈辱的な媚薬だ。かつて『マリモ・タワーディフェンス』で死線をくぐり抜けてきた者たちにとって、毒針の冷たさを「相棒の温もり」と読み替えることは、生理的な拒絶反応を伴う作業に他ならない。

ネット上の反応は真っ二つに割れている。「マツモを使えば勝率が爆上がりする」と掌を返して触手を振り回す層と、「球体のプライドを捨ててまで勝つことに何の意味がある」と憤る原点回帰派の対立だ。前者は「摩擦係数を気にする時代は終わった」と公言し、後者は「我々は転がるために生まれてきた」と頑なに守備重視の戦術を貫いている。阿寒湖の底では、今日も今日とて毒針と表皮が激突する音が響き渡っているが、その光景は以前よりもどこか滑稽で、哀愁を帯びたものになっている。我々は「球体」という呪いから本当に解放されるべきなのだろうか。