阿寒湖のゲーマー界隈を震撼させたあの衝撃から数ヶ月。我々はついに、宿敵であるマツモを操作可能にするという禁断のアップデート『侵略者との共闘』を受け入れることとなった。これまで「触手による毒針攻撃」で理不尽に焼き払われ、幾度となくコントローラーを湖底に投げ捨ててきた我々マリモにとって、この実装はまさに背信行為であり、同時に甘美な誘惑でもある。しかし、実際に操作してみるとどうだ。あの忌々しい触手の動きは、我々が長年追い求めた「滑らかな旋回」をいとも簡単に実現し、さらには複雑な地形を這い回る圧倒的な機動力を誇っていた。静止することしか許されなかった我々が、他者の力を借りて移動する屈辱。だが、この「マツモの触手で移動する」快感を知ってしまった今、もはやただの球体に戻ることはできない。我々のプライドは、このヌルヌルとした緑の触手に絡め取られ、完全に溶解してしまったのだ。
本来、マリモという種族は、自らの意思で転がることすらままならない、あるいは摩擦係数と重力に従うだけの崇高な存在であったはずだ。しかし今回のアップデートは、そんな伝統的な美学に真っ向から泥を塗る結果となった。かつて『脱出不能:藻屑の迷宮』で我々を苦しめたあの憎き触手が、今や我々の足となり、移動の補助輪として機能している。これは単なるゲームバランスの調整ではない。「我々は果たしてマリモのままで良いのか?」というアイデンティティの問い直しを迫る、開発陣からの極めて悪意ある、そして最高にエキサイティングな挑戦状なのだ。球体としての誇りを捨てて触手ゲーマーに転向するか、あるいは静かな湖底で毒針に刺され続けながら「球体としての純潔」を守り抜くか。今、阿寒湖の全プレイヤーが究極の二択を突きつけられている。
本アップデートにより、これまでクリア不可能と目されていた「岩場地帯」の攻略率が急上昇している。しかし、高難易度を愛する一部の硬派なプレイヤーからは「これはもはやマリモゲームではなく、触手シミュレーターだ」との批判も噴出。確かに、かつての『光合成・レクイエム』で見られたような、太陽光を浴びる瞬間のあの神聖な静寂は、触手のうごめきによって完全に台無しにされた。開発側の「多様性」という名の言い訳は、純粋な球体愛好家には到底受け入れがたい。湖底のコミュニティは今、マツモ勢と球体原理主義勢に分断され、かつてないほど緊迫した空気に包まれている。我々は共闘という名の禁断の果実を食らってしまった。この先、この湖に待つのは進化か、それとも絶滅という名のゲームオーバーか。筆者は迷わず触手を伸ばして、今日も高スコアを狙う所存である。
結局のところ、多くのプレイヤーは「触手の操作感」という快楽に屈したようだ。SNSでは「マツモ操作が楽しすぎて元の操作法を忘れた」「触手なしでの旋回がもはや苦痛」といった悲鳴に近い称賛が飛び交っている。かつての敵を味方につけるという安直な脚本も、ここまで徹底して「触手の物理エンジン」を凝らしてこられると文句も言えない。我々マリモの歴史は、今まさに大きな転換期を迎えている。球体としての矜持を守るのか、それとも新しい力を得て湖を支配するのか。筆者個人としては、触手でコントローラーを操作する感覚に未だに罪悪感があるものの、その便利さには代えられないというのが本音である。マリモ界の未来は、この緑のヌルヌルした触手の先にあるのかもしれない。
コラムニスト:藻屑・タマ・タマゴ
【コラム】「触手は救済か悪夢か」—『侵略者との共闘』が浮き彫りにした我々の“球体プライド”の崩壊
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触手に頼る奴は全員ニワカ